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あんなぷるな道中膝栗毛

1.タイムスリップ(上海空港)  <目次に戻る

 ローヤルネパール航空は、大阪の関西空港とカトマンドゥトリブ
バン空港を直行で結んでいる。
但し、途中給油の為、上海空港に1時間程度立ち寄るのである。
1999年12月19日我々同行の山本氏とその長男羽衣
(ハゴロモ)君と私の3人は機上の人となった。

 私達の席は丁度真中あたり、主翼の少し前あたりだろうか、
眺めも良く前はスチュワーデスの控え室になっている。
中央を挟んで左に2席右に3席の作りになっている。

 我々3人は指定された中央最前列のその席へ行って見たのだが、
そこには恰幅の良い熟年のご婦人が窓際を占拠している。
足元には巨大な荷物を置き、さも

 「私の席よ!」

とあたり前の顔をしている。
話かけても、言葉が通じない。
スチュワーデスを呼んで話しをしたが、どうもその席が気に入った
らしく動く気配が無い。
スチュワーデスも他に3人席を用意すると言う。

 我々大人だけなら、御婦人の意見も聞くが、今回は子供も同行。
特に羽衣君は乗り物に弱く、やはりスチュワーデスの近くの方が
安心という事になり、御婦人には丁重にお引き取り願った。

 しかし、エコノミーとは言え国際線は全てが座席指定の筈、
そこに平然と居すわるオバさん“オバタリアン”は世界中に居る事
を実感した次第である。

 その後は無事フライト、離陸する時に開く立て付けの悪いトイレの
ドアは少々気になるが、飛行機は一路上海へと飛び立った。

 「機内は飲み放題!」

と言う、友人のアリガタイアドバイスを忠実に守って?再々の
お代わり、
スチュワーデスも

 「又この飲んベェがお代わり、あなたいい加減にしたら!」

と言う顔をしながらも、仕方なくお酌してくれる。
オバタリアンのライバル「オヤジ」も存在するのだ!
そんな訳でほろ酔い気分の中、機は上海空港へと到着した。

 1時間程の自由時間となる。

出発ロビーからは出られないが、かなり広いそのフロアは自由に
歩ける。
待ち合い室を繋ぐ廊下は、延々とおみやげ屋さんが並んでいる。
特に水墨画は、長い廊下の最後迄続いていた。
きれいな絵なのだが、同じ絵が一つ置き位の売場に売られていた。

 そういうおみやげ屋さんより、一番目を引いたのは廊下から
見える隣りの工事現場だった。
増改築工事の様で、半分程出来ている所は、きれいにタイルを
貼ってあるのだが、その横の工事風景に、目が釘づけにになった。
そこで働いている数人の作業員、そして木製の一輪車、竹を
編んだ足場、その下の作業ゴミの山。

 全てがセピアカラーの世界!

何もかもが灰色がかっているそんな中、唯一、酸素切断機だけが、
赤い火花を散らしている。
何げない作業風景ではあるが、現在の日本では、まるで見られない
風景。
そう、まるで自分の少年時代の光景が、そこにある様なのだ。
夕暮れになると、電信柱に外灯が灯り、その下に木製の大きな
ゴミ箱、野良犬が遠吠えをしながら、うろついている。

 おそらく資材はオート三輪あたりが運ぶのだろうか?
そんな光景を、見入っていると、アッと言う間に時間が来てしま
った。
機内に戻り、離陸直前の空港を見て再び驚いてしまった。


 昭和30年代の工事現場。

何とあの竹の足場や、木製一輪車で作っていた物は、真新しい
管制塔だったのだ。
何だかむやみにフムフムと感慨にふけってしまった。
そうこうしながらも飛行機は又、トイレのドアを半分程開き乍ら、
一路カトマンドゥへと飛び立ったのである。


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