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あんなぷるな道中膝栗毛

4.洗礼 トゥンバにあたる(ポカラ) <目次に戻る

 ポカラはネパール第4の都市である。
そして何よりも、マチャプチャレ(魚の尻尾の意)を代表とする、
アンナプルナ山群、ダウラギリと、街のすぐ後ろに7000m8000mの
ヒマラヤの峰々が連なる様は、見ているだけで感動する。 

 その為、ネパールでも有数の保養地でもある。
標高もカトマンドゥの1350mに比べ800mのポカラは、気候も
随分と温暖でバナナの木があったりする。
その為ぺワ湖周辺のダムサイド、レイクサイドはどちらもツーリスト
向けのホテルで一杯である。

 私達は最初レイクサイドにホテルを取った。
こちらは白人が非常に多く、洒落た店も多いが、値段も少し高い
といった風である。
とは、言ってもシーズンオフという事もあり、随分とディスカント
してくれた様だ。
何よりも部屋やテラスから望めるヒマラヤの峰々は、とても
贅沢な気分にさせてくれる。
今日はカトマンドゥからオンボロバスに揺られ乍らポカラまで
来た為、多少疲れてはいるのだが、陽も傾き黄昏時が近付くにつれ、
酒が恋しくなる時なのだ。

 宿の主人に“トゥンバ”か“ロキシ”(ネパールのローカルな酒)
を飲ませる店を訪ねると、一軒教えてくれた。
早速その店へ出掛け注文したのだが
「ツァイナ(無い)!」と言う
何軒訪ねても皆無いと言う。

 皆白人受けするチョイト洒落た店なのだ。
考えて見れば、メニューに載っていない物ばかり注文しているのだ
から仕方が無い。
どんどん探しているうちに、レイクサイドも場末まで来てしまった。

 もう向かいあって2軒のレストランがあるだけである。
私達は左側にある“イエティーレストラン”に入って見る事にした。
やっとこの店でローカルドリンク「トゥンバ」に出会う事が出来た。

 この“トゥンバ”と言う飲み物とても不思議な飲み物で、
事前に発酵させた稗の実が入った容器にお湯を一杯迄注ぐ、
4〜5分もすると、“あーら不思議”今入れたお湯がお酒になって
いるのである。
それをストローで飲むのであるが、無くなると又お湯を注ぐ、
そうすると又たちまちお酒になるのである。
3回位は先ず大丈夫
しかし調子に乗ってあまりやり過ぎると、品性を疑われる様だ。
この夢のお酒“トゥンバ”はカトマンドゥの居酒屋で既に
大ファンになっていたのである。

 しかしこの日登場した“トゥンバ”は大分違う様相を呈していた。
出て来た容器は、トイレの水差し これは殆どの店が
(余程気のきいた店だと木の樽を使う所もある)使うので別に気に
ならなかったのだが、それにささっているストローが、
いけなかった。
ストローと言ってもアルミ製のテレビアンテナを手で折り曲げた
物、何度も左右に曲げて切った跡がある。
まぁこれもネパールだから仕方がないかと思ったが、そのストロー
やけに白っぽいのだ。
指でなぞって見ると、そこだけ色が変わる。全体が埃で白く
なっているのだ。

 店の前の道は一応メインストリートなのだが、当然舗装等して
いない。
ひっきり無しに車やロバの隊商が通り、道のあちこちに、馬糞や
ロバ糞が散乱しているのだ。

少し日がたっているものは、既に乾いていて、風が吹く度に
真白い埃となり、我々の所迄飛んで来るのである。
山本氏は

 「こんなもんだ!」

とスラッと言ってのける。
この店では“ダルバート”も初めて注文した。
これはネパールの定食とも言う食べ物で、ライス、タルカリ
(薄味のカレー風)、ダル(豆)スープ、ピクルス(漬物)等
のSetで何杯お変わりしても自由、料金は変わらないと言う良心的な
食べ物である。

 しかしこの店でのダルバートは一口食べた途端、余りの不味さと
余りの石の多さ、食べる度に、ガリガリと石を噛んでしまう。
精米技術が進んでいない為か、昔の日本の様に米の中に石が
混入しているのだが、ここのは多過ぎる。
流石に降参!
心も身体も拒絶反応を起こしている。
「こんなもんだ!」とイキまいた山本も内心閉口していた様だ。

 何の異存もなく、二人供すぐに店を出た。
そしてそのまま向かいにある最後の店に飛び込んだ、これ
みよがしと思われるかも知れないが、
最後の店である。そんな余裕は無かった。

 こちらは、チベッタンレストランである。対象的に
きれいにしてある。
チベッタンはきれい好きが多いのか、我々が訪れた店は
だいたいがキレイな店だった。
“トゥンバ”はもともとチベッタンの飲み物でこちらにも
あったので注文した。
こちらもアンテナストローだったが、きれいに鋸で切り、
ちゃんとストロー風にしてある。
モモ(ネパールのギョウザ)も美味しく、やっと落ちついて一杯
飲む事が出来た。

 飲み乍ら向かいの店に目をやると、一人のフランス人(後で
分かった)が、入っていった。
どちらもオープンカフェなので、しっかりと見えるのである。
私は彼がどういう行動を取るか、逐一観察する事にした。

 注文した物がやっと出て来て一口食べる。
 その後しばらくの間沈黙。
 すぅーと席を立ち、会計を済ませる。
 店を出てそのままこちらの店に来る。
 我々の隣に席を取る。
 我々と同じ様に食事を注文する。

 犠牲者は我々だけでは無かったのだ。
ネパールでは衛生面に特に気を附けないと、無頓着な店が多い。
この後も食堂や飲み屋で、とんでも無い光景を何度も目撃した。
それでも最後にやっと一杯飲めて御機嫌であった。
同じ戦火をくぐり抜けた戦友として、フランス人とも仲良くなり
ホロ酔い気分をしばし楽しんだのち店を後にする。

 気持ちの良い夜風に当たり乍ら戻って来たのだが、途中やけに
ホテルやレストランが、デコレーションしてある。
店ではパーティー券等も売っている。
良く考えて見ると今日は1999年12月24日、クリスマスイブ
なのだ。
後数日で2000年を迎えるのだ。ホテルやレストランも盛り
上がっている様である。
ホテルに戻り部屋の前のテラスで夜風でホロ酔い気分をさましつつ、
クリスマスのネオン等眺めつつ、
国の家族や友人に年賀状等書いたりした。

 チョッとロマンチックな中年オジサンであったのだが、恐怖は
夜半より訪れた。
モーレツな下痢が翌々日まで二人を襲ったのである。



*後で考えてみると、“イエティ”も名前からいってチベッタン
 レストランだと思う。やはり、何処の国でも、清潔な店ばかりでは
 ない様だ。

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