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あんなぷるな道中膝栗毛

16. いで湯の一夜(タトパニ) <目次に戻る

 ゴレパニからの大下降は、カリガンダキ川にぶつかり、
終了となる。
二つの立派な吊り橋を渡るのだが、その手前のチェックポストで
チェックを受ける。
吊り橋の手前の小屋からは、一人のオジさんが、ガンジャを吸い乍ら、

 「寄って行け!寄って行け!」

と大声で誘うが無視して吊り橋を渡った。
しかし、チェックポストというのは、派出所の様なもので、
中には警官とおぼしき人がいる訳で、その横でドラッグを
大っぴらに勧めて良いのだろうか?

 カリガンダキ川は、アンナプルナとダウラギリと言う二つの
8000m峰を分ける河である。
聖地ムクチナートより流れる河でもあり、又ガンジス川へと、
流れ落ちる河でもある。
その河を渡り、少し行くとやがて、タトパニの村に着く。

 タトパニのタトとは温(アタタカ)いパニは水、“温かい水”
 つまり温泉である。

 ここはヒマラヤの、“いで湯”なのだ。

 我々は、村の中心部にある、“ダウラギリロッジ”に宿泊する
事にした。
この宿はフランス人の女主人が経営する宿で、そのせいか、
一階のレストランでは、美味しいパンやケーキ等も焼いていて、
ツーリストに人気の宿だった。
中庭も広く、その中の一棟に我々は案内された。
後で分ったのだが、この中庭を通り抜けるとその儘、河原に
降りられ、そして温泉に入れる様になっている。

 今回二度目の温泉へ、早速行く事にした。
夕刻という事もあり、温泉は盛況であった。
色々な国の顔が、湯舟に浸かっている姿を見るのは、何とも
微笑ましい。
湯舟のすぐ横には、木戸を兼ねた売店もありジュースやビール等、
湯舟に浸かり乍ら極楽気分で何でも注文出来る様だ。
日本人のトレッカーも数人居て、

 「今回で私は3回目です」
 「いやいや私は今回でもう5回目になります」

等と、話しをしている。
湯舟は隣りにもう一つあるのだが、日本人の一人が、
おもむろに立ち上がり、隣の湯舟に入って行った。
片手にインスタントカメラを持ち、小さな少女を追いかけ回している。
腹の出た中年のオヤジがパンツ一枚で、逃げる少女を追いかけ回す
姿は、決して美しいものではない。

 結局、小銭を握らせて決着する様だが、このデリカシーの無さが、
世界の人々にいったいどの様に映るか、とても心配である。
五回もこの温泉に来ていつもこんな事をしているのだろうか?

 確かにお金を落すツーリストは、良い客かも知れないが、
同じ日本人として、恥かしくてブクブクと湯舟に沈んでしまいたい
気分であった。
何かいやなものを見た気分で、早々に湯から上がった。

 タトパニの村は街道の両側に、ホテルやレストラン、雑貨屋等が
300m程も続いた感じだろうか。
風呂の気分を払拭しようと、散歩をしてみる。
古い街並みと、温泉、昔乍らの交易路という事もあり、活気のある
町並みである。

 今日は山本氏が、エクスチェンジ(両替)をすると言う。
そして私に御馳走してくれると言うので、ありがたく好意を受ける。
早速屋上がレストランになっているホテルへ行って見た。

 屋上から、石畳みを往来する人や“ロバ方さんの一団”を見ていると、
今ヒマラヤの山の中に居るんだなぁと、しみじみ思う。
車道の無いこの土地では、全ての物は人か動物が運ぶのだ。
日本もつい百年前迄は、殆ど変らなぬ生活だった筈である。
このヒマラヤトレッキングは、時代への旅でもあると思う。

 「シャリーン、シャリーン」

と言うロバ隊の鈴の音は、小諸馬子唄と同じリズムである。
馬方節、牛追い唄等、人や動物のリズムは今も昔も、ネパールも
日本も変わらない様である。

 知らない土地を旅する馬方さんは魅力的でドラマチックな職業
であり、旅の分岐点でもある追分宿は、別れの哀愁が漂うのだ。
そんなドラマが唄になったのだと思う。
ネパールで日本の民謡を学ばせて貰っている気分である、等と
物思いに耽っていたのだが、それとは全々関係なく、ビールも空に
なった事だし、我々も次の居酒屋へと、旅に出る事にする。

 山本氏が目を付けていたこの店は、チベット系の美人おかみが、
やっていた。
7〜8才の笑顔の可愛いい少女の「カンチャ」(日本で言えば、
使用人もしくは丁稚)が、ロキシを運んで来てくれる。

 この店少し飲んでいて分かったのだが、もの凄く人気の店だった。
次から次へと男の客が来るのだが、皆中に居る美人おかみが
目当てなのだ。
その為十人も客は来て居るのだが、皆おかみの居る厨房に入って
しまい、店には我々とカンチャの少女だけである。
そのうち亭主をつれ戻しに、奥さんが来たりして、色々な人間模様
が見られる訳である。

 暫くすると、同宿になった若いガイドと、おじさんポーターが
やって来た。
彼等もガイドの途中、ネパール人だが地元では無いので、
何とは無しに、我々と意気統合してしまった。

 飲んベェは言葉を越える。

 若いガイドは適当に切り上げたが、このオジさんの方は、すっかり
いい気分で、歌迄出る始末、しっかり酔っぱらったオジさんは、
少女に嫌がられ乍らも頻りに私の年を聞く、
別に隠す必要も無いので、年令を告げると、驚いている。
山本氏にも年を聞いている。
それで分かったのだが、実はそのオジさんが一番若かったのだ。

 この国では、苦労が多いせいか、女性も男性も、ある年令からは
老け顔が多かった。
尤も日本人が特別童顔とも言えるかもしれない。(本当に子ども
かな?)
結局私もスッカリ、御機嫌になった為、山本氏は、しっかりと
ツーリストプライス(旅行者価格、随分と高い!)を払わされた
様である。
私が何杯飲んだか覚えていなかった為、おかみに言い返せなかった
のが、口惜しかった様である。
後日

 「全くオゴリガイの無い奴!」

と、ボヤク事、頻りであった。

ロキシ17杯迄は覚えているのだが・・・・・・・


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