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あんなぷるな道中膝栗毛

18. カプチェパニの夜は更ける <目次に戻る

 タトパニからは、カリガンダキ河を、上流へと進む。
途中広河原は、急に狭められ滝になっている所もある。
標高も少しづつ上がり、やはりこの時期相当冷え込む様で、
滝が凍っていたりする。

 途中4〜5mもある丸太を、大人の男性が三人がかりで運んで
いた。
又大きな石を背中に担ぎ運んでいる人も見かける。
道普請をしている様だ。

 機械の無いここでは、皆手作業だ。

道路や道路脇も石積みをしているのだが、間に土を敷いているだけ
なので、丈夫そうだが、結構崩れているのを見かける。
そんな道路工事を見ながら進むのは、のどかで楽しい。
そんな光景を見ながら歩いていると、民家も増え昼頃、
カプチェパニに到着した。

 広い中庭のあるゲストハウスで昼食を取る事にした。
やたら元気の良い兄さんが、しきりに泊まる事を勧める。
ここはタトパニに近い為か、宿泊客は殆ど居ない。
宿の兄さんに、

 「ロキシ置いてるかい?」

と尋ねると、

 「ツァ(ある)」

と言う

 「スクティ(スクティマスディノス)は?」

と尋ねると、満面の笑みが帰って来た。
これは、この辺の料理と言うよりツマミで、羊の干し肉で作るのだが、
とても美味しいのだ。
(この辺では羊が多かったが、牛以外は何の肉でも作るらしい)

 「うちには無いけれど、夜迄には必ず見つけてくるから、絶対泊まれ!」

と兄さんの声に力が入る。
メニューに無い物ばかり注文する、変なツーリストに興味を
持った様だ。
山本氏が、病み上がりと言う事もあるので、今日は宿の兄さんの
熱意に負けて、世話になる事にした。

 午後は集落を散歩等して、ノンビリ過ごす。
夕食には、何処から見つけて来たのか、“スクティー”をちゃんと
用意してくれた。
注文したロキシのボトルを空けた頃、宿の主人で兄さんのお父さんが、
ホロ酔いで我々の所へやって来た。
宿の兄さんと盛り上がっているので、奥で飲んでいた親主さんも
参加したくなった様である。

(もっとも今日はこの集落に、客は我々だけなのだ。)

 聞けば、昼間の道普請に、この御主人も参加していたと言う。
80Kgの石を一日担ぎ運んでいたとの事、60才は大分越えている感じ
なので、大変な作業だったと思う。
お父さんの仕事を労う意味でも、ロキシを一本注文して、又盛り上
がっていまった。
言葉も殆ど分からないのに・・・・・・・・・・
最後に今度は親主さんが、

 「俺のオゴリダ!」


と、ロキシを一本注文して、先に寝てしまった。
親父さんの温かき好意に、乾杯!
楽しき夜はゆっくりと、更けていった。

 翌日、今度は私が風邪をひいてしまった。
熱は無いので、出発する事にする。
今日も少しづつ高度を上げ乍ら進む。
景観も随分と変わって来た。
標高も2000mを大分超えている様で、高原のイメージである。

 正面にダウラギリが聳えているのだが、雲で頂上が見えないので、
中腹の岩と雪そして氷河が、より一層の迫力で迫って来る。
このあたりは景観も美しく、涼しい所なので、避暑地として、
王様の別荘も建っていたりする。

 又途中、躰中に鍋やヤカン等、金属製品を山の様にブラ下げた人に
出会った。
行商の様で、民家の前を通ると大きな声を掛ける。
必要な人は出て来て買うのである。
小さな娘と母親の行商にもあった。
民家の前でやはり声を掛けるのだが、こちらは最後迄、何を売って
いるか分からなかった。

 今日は何とか、標高2500mのカロパニ迄行きゲストハウスに、
世話になる。
早めのチェックインだが、体長が良くないので、いたしかたない。
今日は山本氏が元気で、階下の食堂にてドイツ、アメリカ、スイス、 
カナダと色々な国の人達と国際的に、盛り上がっている様だ。

 私は風邪で、体調が思わしくないので、ライスだけ注文し、お粥を
 作って、早々に床に就いた。


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