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あんなぷるな道中膝栗毛

32. 再開 <目次に戻る

 何とか、絵も完成したので、予てよりの約束で、キムチェを
再訪する事にした。
以前訪れた時に、一月位過ったら再訪することを、約束していたのだ。
以前は、ナヤプル迄タクシーを使ったが、今回は、
ローカルバスで行くことにした。
カルマ氏が協力してくれたので、現地価格でチケットが買えた
のである。
我々が乗り込むと、年季の入ったバスは、オールドバスターミナル
をゆっくりと出発した。

 ローカルバスの良い所は、やはり生活感である。
オジさん、オバさん、学生等、ひっきり無しに客が入れ変わる。
乗降口は前と後ろに有り、後ろは荷物や家畜等も乗せる。
山羊や鶏、将又(はたまた)大きな丸太等も乗せ、数百m先で又
横に引き抜いて、降ろすといった風である。
こんな人々の生活模様を見乍ら、ナヤプルへと向かう。
途中、トイレ休憩を挟み(と言ってもトイレ等無いので立ちション、
女性は難かしいかもしれない)
肩を寄せ合い乍ら無事ナヤプルへと到着した。

 道端の茶屋で、ミルクティを2杯飲み出発した。
道路から一段下りると、色々な店が並ぶ。
ここからは、全て歩く世界なので、足りない物は、皆ここで調達
できる様になっているのだ。
かつて知ったる道なので、ゆっくりと店等眺め乍ら歩く。
モディコーラの吊り橋を渡ると、チェックポストである。
私達は今回荷物も無く(キムチエ再訪だけの目的なので)
軽装のせいか、フリーパスで通過した。
荷物が無いので、散歩気分で、気持が良い。

 シャウレバザールを過ぎると、いよいよ河原歩きから登りとなる。
高度も大分稼ぎ、涼しい風が谷間から、吹き上げてくると、
いよいよ尾根筋に出る。

 尾根の茶屋では、リサが満面の笑みで、迎えてくれた。

 「お腹すいていませんか?」

と、何かと気を使ってくれる。
お昼という事もあり、ビールとヌードルスープを注文する。
相変わらず、モディコーラが吹き上げてくるこの風と、
ビールがたまらない。

 リサに話を聞くと、実は我々の到着が遅いので、
昨日ラズ氏とアルジュンが、ポカラ迄我々を探しに行ったと言う。
絵を描いたりした事もあり、一ケ月の予定を大分オーバーしていたのだ。
私達の宿もレイクサイドから、ダムサイドへ移っていた為、
所在が分らなかったのだ。
大変申し訳無い事をした。

 早速キムチェに向かう事にしたのだが、お金を受け取ってくれない
のには、閉口した。
何とか説き伏せて、ビール代だけ受け取って貰ったが、
ヌードルスープのお金は、ガンとして
受け取ってもらえなかった。
ここでは、全ての荷物を、誰かが運んでいると言うのに・・・・・


 リサの温かい心に感謝して、店を後にする。

 キムチェではラズ氏が、静かな温かい目で我々を迎えてくれた。
家族皆が、温かく迎えてくれたのだが、今回は不報を、
伝えに来たのだ。
 実は前回滞在した時、アルジュンを何とか日本へ行かせられないか
と言う、話を聞いていたので、私が彼の保証人になり、又山本氏の
前奥さんの岡本女史に話をし(前述したがカトマンドゥ在住)彼女は
日本大使館とも、付き合いがあるので、頼んでもらえば、
何とか日本へ来れないだろうか?
と思ったのだ。

 しかし現実はとても厳しく、彼女の現在の主人のプレーム氏
(ネパール人)でさえ、今だ日本へは行けないと言う。
そして保証人も、年間所得一千万円以上の人物でなければ、
いけないと言う。
私のような低額所得では、到底無理なのだ。
そんな事を、ラズ氏に説明したのだが、彼は、

 「アルジュンが日本へ行けない事は残念だが、我々の関係は何も
  変わらないじゃないか!」

と、逆に励まされてしまった。

 夜は家の中で、ラズ氏と三人で食事をした。
鶏を煮た料理が出て来た。
山では鶏は、大変貴重なのだが、昼間我々が到着した時、
鶏売りも登って来て、一羽買っていたのだ。
それは我々に出す為の物で、この料理になった様だ。

 料理は沢山の量で、私が食べ切れなかった物(鳥の骨迄も)を、
ラズ氏がきれいに食べてくれた。(とても貴重なものなのだ)
唯々頭の下がる思いで、”持て成す”と言う言葉を、身を持って
教わった気分だった。
この夜は、温かい時間を、静かにゆったりと体験させて貰った。

キムチェの夜_マチャプチャレ

 ラズ氏におやすみを言い、部屋へ戻る時、稜線の上に雪を被った
 マチャプチャレの尻尾と、満天の星が、手の届きそうな距離で
 輝いていた。


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