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あんなぷるな道中膝栗毛

39.霧と読経
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 読経と言うのは凄いもので、ホテルから3Kmも離れている、
スワヤンブナートから、この読経が聞こえて来るのである。
これは拡声器を使っていると言う事もあるのだが、このホテル
の屋上から見ると、朝一面の霧の上にポッカリと出たスワヤン
ブナートから、読経の低音が霧の上を滑り、我々の所迄
届くではないかと、想像してしまう。

 兎にも角にもこの読経が、異国の地に居る事、カトマンドゥに
 居る事を実感させてくれる。

 そんなスワヤンブナートを、帰国も近いある朝、訪ねて見る
事にした。
まだ薄暗いうちに一人で出発した。

 霧の中を歩いて行くと、まだ寒いせいか(カトマンドゥは
標高1350m程あり、冬と言う事も重なって結構冷える。)
焚き火にあたっている人を良く見かけた。
途中河を一つ渡るのだが、河原でしゃがんでいる人を、何人も
見かけた。

 これは朝早く排泄しているのだと言う。
 トイレのある家ばかりでは無い様だ。

 河を渡るとスワヤンブナートへの道は、少しずつ登りとなる。
道端の木の上に、異様な物が乗っている。
良く見ると、数匹の猿が寒さを凌ぐ為、一固まりになって、木の
上で寝ているのである。
スワヤンブナートは別名“モンキーテンプル”とも言うそうだ。
猿が多いのも頷ける。
お店の数も少しずつ増え、仲見世と言う雰囲気になって来た。

 寺院の前迄来ると、一気の登り、長い階段が待っている。
階段の途中には、色々な物が建立されている。
猿も多く色々な物が見れて、気持の良い登りである。
長い階段を登り切ると、巨大なストゥーパ(仏塔)が姿を表わす。
後に分ったのだが、見学有料の寺院だそうだ。
朝早かったせいか、フリーパスだった。

 境内は広く市内から80m程上がっている為、眺めは抜群である。
下界はまだ、薄すらと霧の中である。
皆何故か眺めの良い境内で、ストレッチや太極拳をやっている。
ストゥーパの回りには、マニ車が並んでいて、それを回し乍ら
一周すると本堂である。
ここでは沢山の人々が、皆で読経している。

 この低音の響きが、カトマンドゥの朝の静けさと相まって、
 私の滞在しているホテル迄、聞こえて来ていたのだ。

 色々眺め乍ら奥の方へ言って見ると、小さめのストゥーパの
塗装を、塗り直している所に出くわした。
器用にドームの上に乗って、塗装している。
これは実は古くなって塗り直しているのでは無く、参拝者の
御布施によって、色を供えているのだそうだ。
白は銀の替わり、黄色は金の替わりだと言う。

 美しく化粧したストゥーパを、一枚スケッチさせて頂いた。
ネパールでは、何処でスケッチしても、人だかりになってしまう。
皆人なつっこいのだ。
一時間程も居たろうか、眺めの良い所で飽きる事は無いが、
そろそろ戻る事にした。
帰りは階段横の小道を下る。

 誰も居ないので気持ちが良い。

 下迄降りるとそこにも、立派な建物が幾つも並んでいる。
皆この寺院の建物なのだ。
その一つの中に、巨大なマニ車が回っているのが見えた。
信心深いオバサンが一生懸命回していた。

 ネパールの冬は乾季にあたり、雨が殆ど降らない。
その変わり朝霧が毎日の様に立ち、日本では珍しい夕霧もよく
目にした。
近年のカトマンドゥは、車が巻きあげる土埃もあるが、スクーター
やオートリキシャーが出す二サイクルエンジンの白い煙、そして
何よりも、インドから入る不純物だらけのガソリンで、排気ガスが
蔓延している状態だと言う。
そういう事に鈍い私でさえ、咳込む事が良くあった。

 そんな空気中の汚れを、朝夕の霧がゆっくりと、静かに落して
くれている様である。
そして天から降って来る様に聞こえる読経は、人の心を清めてくれて
いるのだと思う。

 あの巨大なマニ車を回していた、信心深いオバサンの行為も、同じ
事ではないだろうか。
そして恐らく、あのオバサンやオバサンの親もその又親も、
これが二千年の長きに渡り続けられて来たかと思うと、

 「唯々凄い!」

と思ってしまうのである。

 心を清らかにし、背筋をピンと伸ばし、物事に正体する事こそ、
 宗教が心に生きていると言う事ではないだろうか。

 今に奢らず、常々自分自身を見詰め直し、上に向って精進する
 姿は、美しいものである。

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