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あんなぷるな道中膝栗毛


2.やられた!(カトマンドゥ トリブバン空港)目次に戻る

 日本とネパールの時差は3時間15分、日本からカトマンドゥへ行く
場合は、地球の自転に添って行く。
その為、上海空港を飛び立ってしばらくすると、長い長い夕焼けを
体験する事が出来る。

(天気が良ければ3時間程も続くだろうか)

 夕焼けを肴に、つい飲み続けてしまった。
酔いにまかせて、持参の鮭トバ、カニミソ等開け乍らワイン等
所望していると、あちらこちらで持参のつまみを出し、チビリチビリ
とやる御仁も増えた次第である。


機上にて  ヒマラヤ上空

 スチュワーデスの方も、グラスのワインが減ると、黙っていても
つぎに来てくれる様になった。
(唯言われるのが嫌だからかも知れない。)
兎にも角にも、至福の時を味わわせて頂きました。

 アリガトウ!     (合掌)

 長い夕暮れも過ぎ、ヒマラヤのシルエット等チラチラと眺めていると、
飛行機は俄に真暗な山の中へ下降しだした。
ポツリポツリと灯りが見え出すと、それがカトマンドゥだと言う。
カトマンドゥの灯りの少なさに驚いていると、飛行機は無事空港へ
と着陸した。

 空港へは、羽衣君のおかあさん(山本氏の前妻君)が迎えに来てくれて
いる筈なのだ。
彼女は現在ネパールに住んでいて、日本とネパールを何度も往復
している為、とても詳しい(空港についても)。

 又彼女は現在ネパールダンスを後世に伝えようと、ネパールの
一つ一つの民族を訪ね歩き、それぞれの民族舞踏を自分自身が覚え、
文化を継承しようという、非常にグローバルな活動、それも
自費で行っている素晴らしい女史なのである。
現在では、日本人であるが、ネパール人にネパールダンスを教える、
ネパールダンス界の第一人者でもあるのだ。

 彼女のアドバイス通りに、飛行機を降りたら一目散に、手続き
カウンターへと一番乗りしたのだが、
そこでは入国手続きのカードと言う物があり、
これは関西空港でも書けて、尚且つ飛行機の中でも書けるそうだ。
彼女に言われていたのだが、僕等は始終飲み続けて折り、そんな事は
スッカリ忘れていたのだ。
仕方なくカードを書いていると、我々が最後になってしまった。


 当分かかりそうなので、空港内にある銀行に両替をしに行く。
関西空港にて既に円をドルに替えていたのだが、それをルピーに
替える訳である。
窓口は二つあり山本氏、受け取った金を、何度も何度も確かめている。
彼と交代で両替しようと思っていたのだが隣りの窓口の男が、

 「早く出せ!早く出せ!」

とせかす。
仕方なし隣りで両替を始めたのだが、100ドル紙幣が出てこない。
山本氏の助言でネパールでは、人前で絶対大金を見せるなと言うので、
出て来た20ドル紙幣を5枚渡す。
すると中から1枚足りないとの合図、もう一枚渡し100ドル分の
ルピーを交換した。
隣りでは山本氏2ルピーサービスと、余計にお金を貰っていた。

 しかし、銀行がはたして、お金をサービスしてくれるだろうか?

後で気付いたのだが、隣りで両替していた私はしっかり20ドル騙し
取られていたのだ。
その後も子供のカウンターでワイロを要求されたのだが、それには
応じず、最後に手荷物を受け取った。
私達は最後の客だった為か、荷物はノーチェックだった。

 その後解ったのだが、山本氏と羽衣君のリュックからは幾つかの品が
盗まれていた。
私のザックは自作のカバーとロープでグルグルに縛っていた為、難を
逃れた様だ。
しかし、考えて見ると、空港の中に入っている銀行と言うのは、
その国でも相当信用されている銀行ではないのか?
そこの職員が、平気で金を盗み、税関は、平気でワイロを要求し
空港内で平気で荷物を盗む、


 一体何と言う国だろう。

 一国皆泥棒か?

 これもカルチャーショックと言う奴か?
 痛い洗礼を受けて宿に着くと、山本氏

 「20ドルで済んだのは不幸中の幸いだ。最初にしては良い方だ。」

と軽く言ってのけた。
この国では、銀行はあっても、信用金庫は絶対出来ないと思った。
それでも羽衣君をお母さんの元へ無事送り届ける事が出来、
当初の一番の目的を果たせた事に、安堵した二人であった。

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