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あんなぷるな道中膝栗毛

11. 高山病の夜(A.B.C.) <目次に戻る

 今日はいよいよアンナプルナベースキャンプ(通称ABC)を
目指す。
一昨夜の事もあり、昨夜は酒を控えた。
足取りも軽く宿を後にする。
今日はいよいよ迫り来る谷の最奥迄行ける筈である。
昨夜は大分冷え込んだのか、岩壁から落ちる滝も、
皆氷っている。

 宿を出発して一時間程、標高で言えば3300〜3400m位
だろうか、何だかとても息苦しい。
今迄経験した事の無い気だるさを感じる。
富士山の頂上でキャンプした時も、こんな感じにはならなかった
のだが、

 「ここは谷が深いので、空気が旨く循環しないのでは
  ないか?」

等と、訳の分からない理屈を考えている。
これが“高山病”と言うものらしい。
そんな事を考え乍ら歩いていると、マチャプチャレベースキャンプ
(通称МBC)に到着した。

 標高3700m、ここで昼食を取る事にした。
その昔登山隊が、このベースキャンプを出発して、マチャプチャレ
(6993m)を初登頂する際、神の山に敬意を表して、頂上の50m
手前で引き返したと聞く。
そのマチャプチャレが覆い被さる様に、聳えている。
眺めは良いのだが、息苦しさが、空気の少なさを実感させて
くれる。

 重い足を引きづり乍ら、もう一踏ん張りとABCを目指す。
МBCからは2時間程の距離らしいが、高山病でヨレヨレの私は、
随分時間がかかって何とかABCに到着した。

 標高4130mのアンナプルナベースキャンプは“サンクチュアリ”
と呼ばれいる。
360°を7000m8000mの山に囲まれたこの場所は“聖域”
と言うより、天に近い場所と言う感じがした。

 現在ABCにも数軒の宿があるのだが、この時期やはり一軒しか
営業していなかった。
我々はバンブーで知り合ったF君が、気をきかせて早目に
我々の分迄、予約していてくれたので何とか泊まる事が出来た。 
他のトレッカーは満室で、皆МBC迄戻された。

 途中我々を抜いていった日本人の団体さんが連泊していたのだ。
 結局殆ど日本人で貸し切った様な形になった。

 個人的な意見だが2000年の正月にABCにて、
団体で連泊するのは非常に我儘に思えた。
韓国、カナダ、フランス等、世界中から訪れたトレッカーが、皆
「下迄戻れ!」
と言われるのである。
食堂は一つの為食事の時話しを伺えたが、皆気の良い山好きな
オジさん、オバさんであった。
団体さんの中にも高山病で、МBCで待機している人もいる
と言う。
スケジュールは全部ガイドの日本人カメラマンが決めている様で、
彼等自身も何故こんなに急いでいるのか分からないと言う。
我々も宿に世話になり乍ら、偉そうな事は言えないが、
テント持参の連泊なら何泊されても結構だが、
20数人しか泊まれないスペースに、世界中から訪れる人がいる
この場所では、譲り合う事も必要ではないかと思った。

 その夜は本当に苦しい夜だった。

枕元に水を置いていたのが救いで、何とか夜を凌いだ。
高山病には、水が必需品である事を知った。

 夜、満天の星である。

明け方、殆んど一睡も出来ず、眠い目を擦り乍ら少し上の、
アンナプルナ氷河迄行って見る。
陽が登って来ている様で、アンナプルナ本峰(8091m)の上部が
真赤に染まって来た。
南壁、ファング、アンナプルナサウスと次々と赤く染まって行く。
“聖域”と言う言葉を、少しだけ理解した気分である。
頭が痛いのも、喉が渇くのも一時忘れた思いだった。

 全てが初めて見る色だった。

 高山病には高度を下げる事が一番の療法と聞く。
明け方からのスケッチも数枚出来、食事の後は早々に下山する。
薄らと雪の残る斜面をマチャプチャレベースに向かい
どんどん下る。
現金な物で下るにつれて足並みも、快調になって行く。
今日の宿ドバン迄一気に下る。とは、言っても普通の
トレッカーは、もっと下迄、あたり前に下ると言う。

 この夜はスッカリ体調も戻り、酒もしっかり飲んでしまった。
食堂も消灯状態になり、部屋迄酒を持ち込む始末であった。
連泊をとやかく言える自分でない事を、自覚した。

 それにしても今夜は、グッスリ眠れそうである。

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