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あんなぷるな道中膝栗毛

34. 無言の教え(日本山妙法寺) <目次に戻る

 ポカラの西には、ペワ湖という湖があり、我々が滞在した、
レイクサイド、ダムサイドは、ペワ湖の周りに有り、ホテルや
レストランが軒を並べている。
その北側にはサランコットと呼ばれる、小高い丘が有り、聖なる
山マチャプチャレを始めとするアンナプルナ山群が、眼前に広がる
為、ここも景勝地になっている。

 ペワ湖を挟んでその反対側にも、ダムサイドから派生した尾根が
小高い丘を形成している。
その稜線の天辺に、大きな仏舎利塔が聳えている、それが
“日本山妙法寺”である。
実はポカラへ来た時から、ズーっと気になっていた。
とても目立つのである。
もうポカラを立つ日も近いので、一度登って見る事にした。

 当日、朝早く出発したので街はまだ、眠りから覚めていない。
薄っすらと立ち込める霧の中、道路脇に積まれたゴミの山の中から、
豚の家族が気持ち良さそうに顔を出して寝ている。
街を出て尾根を横目に歩いていると、一人のネパール人が、
登り口を教えてくれた。

 いざ登り出すと、五分もしないうちに道を外してしまった。
それもその筈、好き勝手に歩いているのだから仕方無い。
それでも尾根筋を、自由に歩くのは気持ちが良い。
視界はきかないが、落ち葉を踏みしめ乍ら歩いていると、
日本の裏山を歩いているような錯覚に落ち入る。
たまに木々の合い間から、ペワ湖が足元に見える。
大分高度を上げている様だ。

 そのうち、ヒョイと民家の前に出る。
その裏の道を少し登ると、見晴らしの利く稜線に出た。
街から300m程登っただろうか?
少し歩くと茶屋があった。

 ネパールで有難いのは、良いタイミングで茶屋がある事である。
360度見渡せる展望台で、温かいチヤを飲む。

 しばし至福の時を味わう。

眼下に広がるペワ湖、その対岸にサランコットの丘、そして
その上には、朝日に紅く染まったマチャプチャレが、雲を羽織って
聳えている。
反対側には霧の合い間から、民家の屋根が足元に見える。
尾根の先には白い仏舎利塔が、すぐそこに見える。
素晴らしき一時を堪能して、重い腰を上げる。

 歩き出して間もなく、正規の道“参道”に出た。
参道は立派な石畳の階段で、両脇には売店が立ち並ぶ。
現在建設中の物も多い。
階段を登り切った所が、平な頂上であり大きな仏舎利塔が、
聳えていた。

 登って見て気付いたのだが、この塔今だ建設中である。
数十人のネパールのオジサン、オバサンが、石を運んだりと、
一つ一つ手作業でやっている。
街から見てもとても大きな塔なので、てっきり車道が通って
いるとばかり思っていた。
歩くだけの所に、良くこんな大きな物を建てた事に、感心して
しまう。

 作業をしている人に聞くと、完成迄にはまだ百年掛かると言う。
これは、冗談だと思うが、ネパール式の建て方だと百年後、この
塔がまだ建っているだろうか?等と考えてしまった。
しかしそれは、余計なお世話と言うものだ。
作業している人が、自分達を写真に撮れと勧める。
その作業風景を写真に撮ると、今度は、金!金!と手を出す。
自分からお願いした訳では無いので、それには相手にせず、
話を聞いた。
彼らも分かっている様だ。

 完成すれば、多くの人が訪れ、参道の仲店もきっと賑わう
事だろう。
ネパールは宗教が生きている国、ヒンドゥー教の人が、仏教寺院
をお参りする姿も、珍しく無いそうだ。
ここは日本のお寺、日本人のお坊さんが居れば話を聞きた
かったのだが、日本人に会う事は無かった。
作業風景や眺望を、一頻り堪能した後頂上を後にした。

 途中参道の石段でスケッチをしていると、一人の年老いた
ジョガ(修行僧)に、出会った。
ボロボロの布に杖一本、腰を曲げ乍ら裸足で、石段をゆっくり
と降り、霧の中へ消えて行った。
ああやって全国を行脚しているのだろうか?
私の子供の頃は、托鉢のお坊さんを、良く見かけたが、
今では殆ど見られない。
ここネパールでは、そんな光景も良く目にするのだ。

 彼の小さな背中から、“清貧”と言う、無言の教えを頂いた
気分だった
大切にしたい言葉であり、決して忘れてはならない言葉とも
思った。

 下りる途中、霧の中に見え隠れする民家や畑が、美しい。
又頂上の仏舎利塔で使うであろう、砂を沢山積んだロバ隊に
出会った。
暫く下ると、ひょっこり登山口に降り着いた。

 宿に戻る途中、ペワ湖から流れる河では、大勢の女性が
両岸に並び、洗濯の真最中であった。
水道と言う物がまだあまり無く、洗濯機も殆ど普及して
いないこの国では、洗濯が女性の大変な労働になっているのだ。

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